みのお瀧安寺名物:行者そば 株式会社花畑商店 〒562-0001 大阪府箕面市箕面2丁目1番5号 TEL:(072)721-3104

■行者そばとは

≪箕面山瀧安寺所蔵箕面寺秘密縁起より抜粋≫

瀧安寺の開祖は、役ノ小角『エンノオズヌ』、(正徳六年(635)〜大宝2年(702))です。
役ノ小角は大和国茅原のひとですが、白雉元年箕面滝本において艱難辛苦の修行中不動尊像の彫刻を発願し、これを祀るため一堂を建立したことにはじまります。
その修行のなか、夢枕にあらわれた竜樹菩薩の導きによって、箕面山の本尊(箕面権現)弁財天則ち聖如意輪観音菩薩と出会い、手ずから竜樹菩薩・弁財天女尊像を造立し、それ以来、箕面寺と号してお祀りしてきましたが、後に後醍醐天皇より「瀧安寺」の寺号を下賜され、今日に至っています。
弁天堂拝殿
弁天堂拝殿
(江戸末期、奥殿は江戸初期)

瀧安寺参詣曼茶羅
瀧安寺参詣曼茶羅(室町期)
開祖役ノ小角は苦行をかさねました。
大化九年(697)六十三歳のとき、讒言によって伊豆国大島に配流されるなど多くの苦難を受けながらも全国津々浦々で衆生済度に生涯をささげ、大宝二年(702)箕面山戌亥角(天上岳山頂)より大唐国へ飛昇しましたが、その没後も「役ノ行者さん」と呼ばれ、山岳信仰の祖師として、その名は全国に知られています。
これらの衆生済度の功績により、後年光格天皇より大菩薩号が謚名され、今なお神変大菩薩として幅広く厚い国民信仰を受けつづけています。

瀧安寺所蔵の箕面寺秘密縁起によれば、役ノ小角が箕面山滝本で難修行し悟りを得るまで修行の毎日の生活は、すさまじいものだったと記されています。
『積却累徳、剥藤皴為衣、以松葉為食(中略)・・・・・惜暇不切爪不剃髪・・・・・(以下略)』(劫を積み徳を累ね、藤皴をはいで衣となし、松葉をもって食となし、・・・・・暇を惜しみ爪を切らず髪を剃らず、・・・・・)とあります。
役行者尊像
役行者尊像(室町後期)

行者の儀式の様子
行者の儀式の様子
昔から実際に行者と呼ばれる方々は「そば粉」を携えて山中での厳しい修行に耐えたと言われていますが、その理由としては、そばは五穀に属さないことから<五穀断ち>となり、火を通さずに山の清水に溶いただけで食すること<木食>が出来ることから、行者の携帯食になっていたようです。

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